第五話『邪神はふたたび』(前編)

謎の巨人、火を噴く怪獣、灰色の不審者、石像と入れ替わりに跡を絶った三人の学者、火災現場から失踪した二人の警察官…。

このところ弓ヶ丘とその周辺で起きている事件が、マスコミの興味を引きはじめた。

週刊誌には『古蒼な神社の町に「宇宙人と怪獣」神主は「石神」の正体は』などと見出しが躍り、この小さい地方都市には珍しいテレビ局の中継車が道を走り抜ければ、プラズマ管にはタウエ老人が登場する。

──この石神様の霊験あらたかな四方津神社の周囲にあっては、これらの事件は不思議なことじゃありません。

「あー…、アキのひいおじいさんだ…」

ナガハラ家の朝である。

テレビには続けて、何かの専門家──たしかコメントの専門家ではないと思われるが──が登場してコメントをつける。

──火災現場の怪獣だというものは、おそらく集団パニックによる幻覚でしょう。

「そうだよ──、そうだろう」

父ナガハラ・ゼンジ。

「火事の恐怖に、火焔土器の印象が結びついたんだ。あれは、印象的だから」

ナガハラ・ハルカは不満だ。

「…何も見てないくせに…」

「怪獣だの、巨人だのって…、そんなのいるわけない」

「だって、見たモン」

「ハルカまでそんなことを言うのかい」

「はいはい…、世の中にはまだわからないことがいっぱいあるからね」

母ナガハラ・ナミコ。

「そんなことより…、ねぇ」

「ふむ」

「なに?」

「おじいちゃんなんだけど…」

ナミコが言ったのは、ナミコの父親、ハルカから見て母方の祖父のことだ。彼は脳梗塞で入院していた。

「もうね、だめかもわからないのね」

「え…、そうなの」

「それでね…、ねぇ」

「うん、ひいおばあちゃんの時は、ハルカもまだ小さかったから、黒っぽい服なら何でもよかったんだが」

「は?」

「礼服をね、まぁ、何れ必要になるだろうし」

「え?」

「今日の放課後、いいかな? おとうさんも今日は早いから、できるだけ早く帰ってきてね」

「礼服って…」

──礼服って!

弓ヶ丘高校、二年B組。

「あのさ、ヤマブチ・トモミ先生って」

コバシ・ケン。

「すらりとしてて、美人だと思うんだ」

「エェー、そうかなあ」

タウエ・アキ。

「そんなに美人ってふうじゃないと思うけどー」

むしろ美人じゃないと思っているアキ。

「いや、おれもやけどをして保健室に行くまで気付かなかったんだ。でも、おれの手に包帯を巻くところを見ると、指なんかとても信じられないようにすらりとしているし、顔だって…」

すらりにこだわるコバシ・ケン。

「ははー、これは治療を受ける者の心理ですね!」

そんな話をハルカは呆然と聞いていた。

──悩むところの階層が違うんだなぁ…。

と、ハルカは思う。

「あれー、ハルちゃん、なんか元気ないぉ?」

「いや…、別に」

モモタ・ヒカルもなんとなく今日はこの輪に入れず、一人で外を眺めている。

「あ! どうしよう。おれ、何かが変だ」

「コバシく〜ん。週刊誌がその辺で聞いてるかもよ」

ハルカは自分のまわりで人間関係が少しずつ変わっていくのを感じるのだった。

大伽牟津見神社の後背の森の中に、太平洋戦争時代の防空壕がある。天然の洞窟を利用したもので、今は入り口は塞がれている。

《《──ボス、デビューボはこの奥に違いありません。アンテナが反応しています》》

地球人並の大きさに身長を縮めた、三人のポイロット星人。

《《ヨーシ、ではこの入り口の遮蔽物をどけろ》》

上役のポイロット星人が、部下の二人に命じる。

《《待て、オレガヤル》》

それをさえぎって後ろから出てきたのは、ポイロット星人に雇われた用心棒・宇宙武人タイポンだ。

《《センセイ、お願いします》》

《《よしッ…、デワッ!》》

気合いとともにタイポンが右の平手を振り下ろすと、その手の先からものすごい衝撃波が発生し、固く閉ざされた防空壕の扉を打ち砕いた。

その防空壕は、高さ170センチ程度の狭い穴で、入り口から数メートルは、かつて整備されて人工の壁や床が付いているが、奥はもとの洞窟のままで、さらに進むと、がらりとした広い室のようになっている所に出る。

眼から赤外線を照射しながら暗い洞穴を行くポイロット星人たち。進むほどに天井も高くなり、からんからんと足音がよく響く。

と、洞穴の奥隅で、暗闇の中にゆらゆらと浮く二つの光球が見える。…邪神デビューボだ。

《《オー、デビューボよ。どうか我々の願いをお聞きください》》

掌をあわせて、うやうやしくデビューボを拝む。

《《デビューボよ、我々の星に立派な神社をご用意致します。どうか我々の星にお越しください》》

{{{──ワシハ、タイグウノヨイホウヘユクゾ}}}

《《恭敬のしるしに、御神酒をもって参りました──、オイ、圧縮袋を出せ》》

《《ハイ、ボス。こちらです》》

上役のポイロット星人は部下のポイロット星人からレトルト食品のパックのような小さい袋を受け取った。「酒樽圧縮袋」である。上役のポイロット星人は、酒樽圧縮袋の封を開けた。すると、袋の口から光が漏れたかと思う間に、そこに大きな酒樽が出現した。

《《オオ、神よ! どうか我々の礼をお受けください。最高級のポイロットビールです》》

{{{ヨーシ──、デハ、ヒトツノンデミヨウカノ}}}

酒樽の蓋を割って、茶色い液体を口に含むデビューボ

{{{──ブーッ! ナンジャコリャ!}}}

しかし、一口でポイロットビールを吹き出した。

《《デビューボよ! いかがなさいました》》

{{{オロカモノメ! ムギチャニ ジュウソウト ゴウセイアルコールヲ マゼオッタナ!}}}

ポイロット星ではそれが最高級なのだ。

《《エ──、何をおっしゃいます》》

文化の違いにとまどうポイロット星人。

{{{タタルゾ、ヴォケー! ワシノチカラヲミセテクレルワ}}}

と言うが早いか、酒樽をひっくり返し、雲に化けて、洞窟の外へとデビューボは向かった。

《《追え──、逃がすな》》

三人のポイロット星人と宇宙武人タイポンも、デビューボの後を追って外へ出る。


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郊外の大型ショッピングセンター。

うぐぅ…、興味がわかないんだもん…」

黒い服が林立している売り場の前。

「今日は見るだけでいいから…」

ナガハラ一家である。

「コラ、甘やかすんじゃない」

そんなやりとりの末、結局食料品だけを買い込んで出口に向かう三人。

「やれやれ…、早く帰ってこいといったのに、油を売ってくるから…」

外はもう暗くなりかけた頃だろうか。

「あれ、思ったより長くいなかったみたい」

空はまだ赤かった。

ナガハラ一家は自動車に乗り込み、帰路につく。運転席に父ゼンジ、助手席に母ナミコ、後ろに荷物とハルカだ。

「変だな?」

ゼンジが言った。

「何かスピードが出ないみたいだ…、渋滞してるわけでもないのに…」

「そう?」

「もううちに着いてもいい時間なんだが…、メーターは上がってるのに…」

空は奇妙に赤い。雲がよどんでいる。

「どこかおかしいのかな」

ゼンジは車を路肩に止めた。

「変だな、時計はもう7時を過ぎてる…」

時計だけがいつものように時間を刻んでいる。

夕焼けに赤く染まる雲の中を、一塊の黒雲が漂っている。

「あ…、行かなきゃ」

ハルカにはマスカの声が聞こえた。

「なんだって」

ハルカは扉を押し開けて外へ飛び出た。

「どこに行くんだ」

「先に帰ってて!」

ハルカは走った、黒雲を追って!

弓ヶ丘森林公園の上空に、黒雲は流れてきた。それを追ってきたハルカ。ハルカは勾玉を取り出した。勾玉の中心から、光が迸る。

マスカは地球上では長時間活動できないため、普段は肉体は「幽体」という状態に変化してハルカの体の中に隠れ、意識は勾玉の中に籠もっている。そして、必要なときには、実体化して、また隠れるときのためにハルカを自らの肉体の中に保護するのだ。

…光とともにウルトラマスカがその巨体を現した。赤い空に浮かぶ黒雲を見上げるマスカ。

(((──邪神デビューボよ)))

黒雲はごろごろと空気を響かせる。

マスカは空を見通し、アンドロメダ星雲の宇宙大社へと念波を送った。そして返信の念波とともに、巨大な物体が空間を裂いて転送されてきた。それは宇宙大社特製の神酒を湛えた酒樽だ。

(((──この神酒は、私の神酒ではありません。神酒の司、宇宙大社にいます、セグリンの、かむほぎにほぎくるおし、とよほぎにほぎもとおし、献り上げます神酒、銘酒"ことなぐし"です。──どうぞお召し上がりください。ささ)))

酒樽の蓋を取るマスカ。

黒雲は渦を巻き、もとの姿に戻った。邪神デビューボだ。

{{{──オオ、アヤシイカオリジャ}}}

酒樽に首をつっこみ、"ことなぐし"に口を付けるデビューボ。息もつかず、ごくごくと飲み続ける。──するとどうだろう。デビューボが神酒を呑むごとに、かえってデビューボの体は縮んでいき、ついには酒樽の中へどぼんと落ちてしまった。すかさず蓋を閉じ、封をするマスカ。

(((──よし…、これでもう安心だ)))

マスカがほっと一息つきかけた、そのとき!

《《ファッファッファッ、マスカよ! その酒樽をこっちに渡してもらおうか…》》

飛んで来たのは、ポイロット星人の円盤だ。

(((なんだと)))

《《センセイ! お願いします!》》

不意に、マスカの背を強烈な衝撃が襲った。

(((ウワッ)))

林の中へ突っ伏すマスカ。

《《ハ、ハ、ハ、油断大敵だな!》》

宇宙武人タイポンだ。

(((──クッ)))

マスカには時間がない。地球の酸素濃度はマスカの肌に合わず、マスカの体表を徐々に侵してゆく。立ち上がりざま、反撃のカシワデ光線を放つマスカ。

《《ハ、ハ、ハ》》

タイポンの体の中には暗黒物質が流れている。タイポンは指先から暗黒物質を噴出し、暗黒の幕を張った。この暗黒物質には、割とあらゆる光を吸収する力があるのだ。カシワデ光線も、暗黒の幕の中へ消えてしまう。

《《こっちの番だ!》》

タイポンは暗黒物質をマスカに向けて噴き出した。

(((──アッ…)))

暗黒物質はマスカの全身にまとわりつき、やがて暗黒の球体を形成してその中にマスカを閉じ込めようとする。

(((──………)))

その様子を見ていた人物がいる。

「いけない!」

ヤマブチ・トモミ先生だ。なぜここに?

「地球人を巻き込んでは…」

ヤマブチ・トモミ先生は、持っていた鞄から丸い鏡を取り出して、頭の上へ高く掲げた。鏡が光を放つ。

《《ハ、ハ、ハ、マスカの最後だ》》

暗黒の球体が、マスカを呑み込んでしまった。タイポンが暗黒の球体を両手で挟み、力を加えると、それはタイポンの掌に乗る大きさになった。

《《マスカは暗黒物質の中で生も死もなく永遠に苦しみ続けるのだ》》

マスカは、そしてハルカはどうなってしまうのか!

後編へつづく!