第四話『大火災五秒前』

大伽牟津見神社の近傍で、縄文時代中期の遺跡が発見され、日々発掘作業が行われている。主な遺物は、火焔型土器である。

火焔型土器は、深鉢型土器の一種で、その形状、模様が、火焔を思わせる、縄文式土器の中でも独特な様式を持つ。1936年に新潟県の馬高遺跡で出土して以来、信濃川流域で多く発見されている。

一説によれば、この時期、気候が変動し、気温が下降したことから、暖気を求める心情が、このような芸術をもたらしたとも云う。そういわれてみれば、

──もっと炎を!

という声が聞こえてきそうでもある。もっとも、それは現代人からの一方的な解釈で、実はそういうものでもないのかもしれない。

遺跡では、日中、発掘作業が行われたあと、その成果はひとまず公民館に運び出された。煌々と輝く月が、明日の発掘を待つ遺跡を照らしている。──いや、それは月ではない。光は遺跡の上空をくるくる回りながら下降し、やがてピタッと止まって、その中から三人の人影を吐き出した。──ポイロット星人だ! 三人のポイロット星人が遺跡に降り立った。

《《──この地面の下には、何かが眠っているようダ》》

《《──この星の古い時代の人間の情念が、土と混じり合って埋もれているようデス。》》

ひとりのポイロット星人が、地面に向かって眼光を照射すると、土の中から何かもやのようなものが立ち昇った。

《《ファッファッファッ…、では、この情念に新しい形を与えてヤロウ………》》

その日は朝から暑かった。

ここは弓ヶ丘霊園前交番である。

「フン! フン!」

交番横の草地では、今日もアキヤマ巡査長が、ダンベル体操ならぬ鉄アレイ体操で、筋肉の鍛錬に余念がない。浅黒い肌に太陽を受けて汗が輝く。

「…せんぱーい」

そこへ樽のような体を揺らして上り坂を駆けてきたのは、イズミダ巡査だ。

「おう、イズミダ。どうだった」

「はい。今日も、行方不明の三人の足取りは、まったくつかめませんでした」

「そうか。イズミダ」

「はい」

一歩離れてイズミダ巡査の頭から爪先までを眺めるアキヤマ巡査長。

「おまえ、以前より体が締まってきたんじゃないか」

「はい! せんぱいの指示で、移動に乗り物を使わず、連絡にもできるだけ無線を使わないで、足を使っているおかげです」

「そうかそうか、よーし、それじゃぁ、休憩がてら、一緒に鉄アレイ体操でもするか!」

内心ちょっと辟易するイズミダ巡査。

「は、はい! ありがとうございます」

と、そこへ。

「コラー! 貴様ら、なにをアソンドルんだ」

「げっ、部長!」

二人の上司、ミサワ巡査部長だ。

「い、いつの間にいらしたんですか」

「そんなことをしとる暇があったら、ワシのために、かき氷の一つも買ってこんかい!」

まだまだ平和な弓ヶ丘である。

昼下がりの弓ヶ丘高校。

「あー…、暑いあつい。」

Tシャツの裾をばたつかせて涼をとるハルカ。

「ハルちゃ〜ん、お行儀わるいっす…」

アキはこの暑いのに強力な熱源体のノート PC に貼り付いて、だらだら汗を垂らしている。

「ん〜…?」

珍しいことがあった。雨の日でも昼休みの教室に居たことがないコバシ・ケンが今日はそこに居る。コバシ・ケンは弓高レスリング部始まって以来最強の呼び声高い筋肉男だ。

──あー、いいな…。

と、ハルカは思った。

「いやあ、暑いっていいよな」

なんてことを言いながら、コバシ・ケンは上半身の衣服を完全に身からはがして、下敷きでばたばたやっている。その胸板には、過日隣町の高校の柔道部に所属するササキ某と一発やらかしてつけたという噂のアザが浮かんでいる。

珍しいのはコバシ・ケンが教室に居ることだけではない。いつもは一人でノートに何か書いていることが多いモモタ・ヒカルの机の横に、コバシ・ケンが立っている。

「モモタ〜…、なにやってんの」

「モモタが見たっていうものを、描いてもらってるんだ」

答えたのはコバシ・ケンだ。

「ナガハラさんも実際に見たんでしょう」

「エ、なにを」

「昨夜掲示板に画像がアップされてて、話題になってるんだが」

「ハルちゃん、これだ」

アキがノートの画面を指し示した。Web ブラウザに「弓ヶ丘 BBS」が表示されている。そしてそこには「伊賦谷ライブカメラ」で撮影されたという画像が貼り付けられていた。画質は粗いが、遠景に巨大な人に見える影が写っている。

「よく細かいところまで覚えているなあ。一体、なんなのだろう。ウルトラマンのような宇宙人か、それとも、民話に出てくるダイダラボッチみたいなものかな」

というコバシ・ケンの声につられて、ハルカもモモタ・ヒカルの大学ノートをのぞいてみた。

「あ…、マスカ」

「描いてる途中であんまりのぞかないでよう…」

「あれ、ナガハラさん、今なんて言った。こいつの名前かい」

「え」

この場で言っていいのかどうかわからない。

「んん、なにか?」

アキと目を見合わせるハルカ。

「えと…、ほら、小さい頃にアキのひいおじいさんに聞かせてもらった」

「んー…」

四方津神社に伝わる古文書に載ってる話に、こんな感じのが出てこなかったけ」

「え?」

「ゼンダイカジホンギとかいうヤツ。ほら、アマノマスカノミコトとかいって…」

ほんとはそんな神名は出てこなかったけど、調子を合わせてくれよと視線を送るハルカ。

「ゼンマイ? なに? そんなのあったけ」

「マスカか。いいね。それジャァ、"ウルトラマスカ"と呼ぶことにしよう」

とりあえずコバシ・ケンは「ウルトラマスカ」が気に入ったようだ。ハルカはなんとかこの場をやり過ごせてほっとするのと同時に、ゼンダイカジホンギの奇妙な神秘的な説話を聞いたことは、アキとの強い共通体験だと思っていたのに、アキの方ではそうは思っていなかったことを知って、心の距離が一歩離れたような気がするのだった。

弓ヶ丘霊園前交番、かき氷をかきこみながらなんとなく会議する三人。

「と、いうわけで、今朝から伊賦谷の方でぼやが四件もあった。放火の疑いもあるので、こちらでも警戒するように」

「おす」

「はーい。…あれ、せんぱい、なにか焦げ臭くないですか」

「なんだと、噂をすればなんとかか」

「アキヤマ、外からだ! 来い! イズミダは残れ」

「はい!」

「いってらっしゃい」

外に出たミサワ巡査部長とアキヤマ巡査長。眼前には墓地。臭いはどこから流れてくるのだろうか。なにかが焼けるような臭いを追う二人。

「部長、墓地の中からですよ」

「盛大な焼香じゃないだろうな」

臭いはいよいよ強くなる。弓ヶ丘霊園の中からは、煙が上がっている。

「アキヤマ! お前見てこい。ワシはここで見張っているからな」

「エェー」

ぶつくさ言いながら墓地に踏み込むアキヤマ巡査長。

「アッ」

そのとき! 硬い土だと思った地面に足がめり込んだ。粘土だ。しかもそれは熱を持っている。周囲の墓石もがたがたと崩れ出す。湯気か、煙か、辺り一面をもやが覆う。そして、地響きがしたかと思うと、目の前の地面を吹き飛ばして、地中から巨大な生物が姿を現した。

それは、全体は昔の図鑑の中に棲息していた二足歩行の恐竜のようである。そうでありながら、泥で塗り固めたような体表、火焔土器のような胴、手の先には指が無く、筒になっていて、頭頂には人面瘡のような凹凸があるという奇っ怪な姿だ。

「かっ、怪獣だ──」

遠くからその様子を監視するのは、ポイロット星人だ。

《《ファッファッファッ、行け、ギョヘテよ、マスカを倒すのだ》》

──ウァーーーーッ!

怪獣ギョヘテは咆吼一番、両手の先から炎の塊を噴射した! 火の玉はアキヤマ巡査長の頭を越えていく。

「あっ、イズミダ! 逃げるんだ──」

炎に包まれる交番。ギョヘテは踵を返して、マスカを探し始めた。


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一方そのころ、弓ヶ丘高校でもぼや騒ぎが起きていた。家庭科の授業中に突然ガスコンロの火が大きく燃え上がり、コバシ・ケンは軽い火傷を負った。ここは保健室である。

「はっはっはっ、レスラーはこのくらい平気だ!」

さっきまで動転していたが、気を取り直して焼けた手を自慢するように振り上げるコバシ。

「やけど、やけど、やけど…にモロナインは効くかしら…」

養護教諭のヤマブチ・トモミ先生だ。

「あー…、じゃ、先に教室に戻ってるから…」

付き添いできたハルカ。

「ああ。心配してくれてありがとう。この礼はきっとするからな!」

保健室を出るハルカ。廊下を歩いていると、サイレンの音が耳に入った。

「ん、なんだろ」

窓から外を見ると、東の方に、煙が上っている。消防車、救急車のサイレンが鳴っている。

──ファッファッファッファッ………

どこからともなく漂ってくる笑い声。

ハルカは靴箱へ走った。運動靴に履き替えて、外へ走った。

《《ファッファッファッ…》》

声は校舎の屋上からだ。

「ポイロット星人!」

屋上に一人のポイロット星人。

《《マスカよ、今日が貴様の命日ダ》》

──ウァー───ッ

校舎の向こうから、怪獣ギョヘテがその不気味な首をもたげた。

ハルカはポケットから勾玉を取り出した。輝く勾玉。今まさにハルカの体の中に幽体になって隠れていたマスカが、実体化しようとする。

「───ナガハラさん」

はっとするハルカ。

「モモタ?」

──いつからそこに?

「離れてろ!」

光を放ちながら、ハルカを包み込んで実体化するマスカ。ギョヘテと対峙する。

ギョヘテに破壊された弓ヶ丘霊園前交番では…。

「せんぱーいい……、部長…、どこですか…、たすけてくださ〜い」

イズミダ巡査はギョヘテの火球が着弾した衝撃で崩れ落ちた交番の構造物に足を挟まれ、身動きがとれない。

「……ジュンジ……ジュンジ!」

イズミダ巡査の名前を呼ぶアキヤマ巡査長の声。

「せんぱーい……、部長ー…、……せんぱい!」

もうもうと立ち上る煙を裂いて、アキヤマ巡査長が現れた。

「ジュンジ! …部長は一人でさっさと逃げちまったよ」

「せんぱい!」

「だが俺は違うぜ!」

気合い一番、イズミダ巡査の足に被さった建材を持ち上げるアキヤマ巡査長。イズミダ巡査は足を引きずって這い出す。

「せんぱい!」

「ジュンジ! 大丈夫か」

アキヤマ巡査長はイズミダ巡査に肩を貸す。仕事をさぼって鍛えた厚い筋肉がイズミダ巡査の体を支える。

「さぁ、火の手が及ばないところまで逃げよう」

(((───テヤッ)))

ギョヘテの腕を絞り上げるマスカ。

{{───ウァーッ}}

苦しみ紛れに両手から火球を乱射するギョヘテ。

(((─いけない)))

校舎に火が燃え移る。

(((タァッ)))

マスカは跳んだ! ──マスカは弓ヶ丘を流れる鳥上川のほとりに着地した。鳥上川の水を手ですくって、口に含むマスカ。水はマスカの口の中で神通力を帯びる。

(((タッ──)))

マスカは校舎の近くに舞い戻ると、口に含んだ水を噴射した。「ミソギ水流」である。ミソギ水流には、どんな火災でも割と速やかに鎮火する力があるのだ。

マスカはさらに、ミソギ水流をギョヘテにも浴びせかける。

{{ウァーッ}}

ミソギ水流を浴びて、ギョヘテの手が、足が、胴が、頭が、どろどろと崩れ出す。もがくギョヘテ。そこへ、トドメのカシワデ光線が襲う。

{{──ウァー──ッ………}}

蒸発していくギョヘテ。

…戦いは終わった。

《《ファファファファ………、ギョヘテはやられたか…、だがこれで終わりではないぞ…》》

飛び去るポイロット星人。そこに、ほかの二人のポイロット星人が合流する。

《《──ボス、デビューボの居場所のアタリがつきました》》

《《ヨーシ、デビューボの機嫌さえとれば我らの勝利だ。では、行くぞ!》》


次回、邪神デビューボを巡ってウルトラマスカとポイロット星人が最後の決戦!? ウルトラマスカ第五話『邪神はふたたび(仮)』邪神デビューボ再登場(予定)・宇宙武人タイポン登場(予定)。乞うご期待!